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  • 執筆者の写真切腹ピストルズ総隊長・飯田団紅/爆笑ウラ噺

第三回/『年を超える』



すっかり久しぶりなのはご容赦いただこう。さぁ!映画『次元を超える』の後半の撮影は残念ながら資金難や各方面スケジュールの関係で延びてしまったが、来たるべき春を目指しているようだ。以前も書いたが予告篇というかティザー?ってのは既にあって、渋谷WWWXの『狼蘇山例祭』で発表はされているのだが、今のところ焦らすことにその一回だけ、めちゃくちゃ良いから早く広く公表してしまえと監督に言っているのだが、まだらしい。確かに周囲が何か言ってもそうじゃない時ってのはあるからな。きっと何かなんだろうが監督しか真相はわからん(笑)ようし、ここで令和五年の五月おこなわれた撮影について触れてしまうことにするか。大サービスだ。とはいってもネタバレするわけにはいかないから、不親切なブツ切りで行こう。

 

まず、撮影場所の一つになったのは、栃木の某所、あたくしと監督んちから車で10分ぐらいのところにある山に接した旧家で、かなりの豪邸である。大きな門と庭があって、いくつも部屋がある平屋だ。ここが千原ジュニア氏演じる暴君の拠点になった。何でも隣接した神社や山を管理するために昔から住んでいた一族の家だという。玄関戸の軒下には「三峯神社」のお札が最初から貼ってある。此処を見つけたのは役者でもある田中飄である。この飄くん、恐ろしい行動力でスタッフ用の大きなアジトを見つけて話しをつけたり、搬入から搬出、物資調達まで熟すとんでもない人物だ。

 

さて、床の間部屋の準備も万端。この和室で東出昌大氏の見せ場シーンを撮った。見ていられない暴力シーンに、千原ジュニア氏も躊躇した。ここの畳を全て撮影用に入れ替えたのが西方町の畳屋・針谷。床の間の護摩札は多気山不動尊で朱印も勤める柿沼鬼山、狼の掛け軸の修復をしたのは西方★キャッツアイで、必要以上の労力をかけて修復し、今は持ち主に返却されている。敷地を囲む黒塀の一部の復元や木製装置は西方の大工大、ほか撮影に必要な大道具や小道具調達など西方町、鹿沼衆を含めた例幣使街道連合も手伝った。エキストラも西方衆や切腹ピストルズなどが混ざり、その衣裳は本人達が試行錯誤したのだが、設定がいわくつきの人々だから、そのふわっとした雰囲気を用意するのが面白かった。簡単に言ったら「そのVネックセーターの胸のワンポイントはそれでいいのか?」といった無駄なこだわりが発動した。そんな洋服を着たら誰が誰だかわからなくなって喫煙所で煙草を吸っていても見学に来た近所の人かと思った。あたくし団紅は運良く和装だったからほっとした。主な役者の衣裳設計したのが大人気衣裳デザイナー澤田石和寛氏、切腹ピストルズの野中克哉を有り余るほど長身にしたような黒づくめのノリの良い男だ。室内撮影で玄関に彼の靴が脱いであると、2~3人の履物は置けない。彼の描く衣裳画がめちゃくちゃ面白かっこいい。

 

豪邸の庭には砂利を敷き詰めた。ここも重要なシーンとなる。火を操る必要があって、毎度、豊田映画にお馴染みの操演・小林正巳氏がいた。『狼煙が呼ぶ』ほか、狼蘇山神社の湿度の高い空間をつくったり、映画「全員切腹」で渋川清彦氏の顔面に大量の返り血を浴びさせた張本人だ。何日も前から設営に関わる連中が袢纏で集まり、小道具を調整し、着替えてエキストラで出たり、賄いを用意したり片付けや撤収役になるのは大した物で、持ち場の境界線はあってないようなもの。要は、出来る奴は何でもやれというような世界である。そうしているうちに西方衆も役者の東出くんと話す機会も増え、蔵の裏でヒソヒソと狩猟の話しとマダニをネジのように外す方法やらを話していた。西方の猟師は後日、東出くんとこに遊びに行ってた。東出くんはそののち、せっぷくピストルズの西洋肌着を気に入ってくれて着用で演奏会場にも狩猟仲間をつれて遊びに来てくれている。

 

ほかにも毎度お馴染み狼蘇山神社での撮影、山の上、駅と色々なところでの撮影もあった。そんな合間のある夜、子供くんと松田龍平、渋川清彦、芋生悠らで鹿沼のホテル近くにある飯屋に行った。突然入ってきたそんな数人に、おばちゃんは黄色い声を上げて死ぬほど喜んだ、そりゃそうだろう(笑)「こっちこっち」奥に秘密のスナック空間があり招き入れられた。難なく過ごし次の日、ホテル近くには店はそこしかないので再度夜行くと、何人ものおばちゃん達勢揃いが厚化粧で着飾って待っていた。怖い映画け!?果たして彼らが無事戻って来れたのかは誰もわからない。これが撮影延期の理由かもしれない。(つづく)



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